2010年6月7日月曜日

第50回

私が13歳のとき、宗教の先生が「何によって憶えられたいかね」と聞いた。今日でも私は、いつもこの問い、「何によって憶えられたいか」を自らに問いかけている。これは、自己刷新を促す問いである。自分自身を若干違う人間として、しかしなりうる人間として見るよう仕向けてくれる問いである。


ドラッガー